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高島トレイル肆日目

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高島トレイル肆日目

日程:2014/05/02-05(三泊四日)

ルート:おにゅう峠(05:39) - ナベクボ峠(07:07) - 三国峠(07:23) - 地蔵峠(07:57) - ピーク818(08:52) - 三国岳(10:00) - 林道(10:38)
コースタイム:4h59min(休憩時間を含む)
山域:(駄口、海津、熊川、饗庭野)、古屋、久多


三国峠:775.6m
三国岳:959.0m
距離:14.563km
累積標高:1,411m
天候:雨
気温:?℃
湿度:?%
目的:スルーハイク
単独行

使用交通機関:桑原橋12:49 - 朽木支所前13:30(¥220)、朽木支所前14:37 - 安曇川駅15:05(¥740)

全行程コースタイム:29h38min(道迷い、休憩時間を含む)
全行程累積距離:86.511km(道迷いを含む)
全行程累積標高:7,646m(道迷いを含む)

雨がシトシトと降り続く夜明け前、ガサゴソと蠢く気配で目を覚ました。
時刻にすれば4時半頃。ボクは5時起きでいいやと無理矢理寝直す。

既に5時を回っていた。日は昇っているはずだが、辺りは夜明け前の薄明を思わせるように薄暗く、梅雨時期のように音を立てない雨が辺りを湿らせ続けていた。

撤収作業を始めている隣人と挨拶を交わし、周辺の景色を見て回った。昨夜の暴風で全く期待していなかった雲海は、全く予想通りに風景を白けさせるだけの霞に過ぎない。

地蔵堂に戻り、レトルトのカレーを温め、パスタを茹でる。この調理と昨日のアルコールから来る渇いた欲求の所為で、残りの水は500mlしかなくなっていた。
本来の宿泊先である「ナベクボ峠」は一応公式サイトでも水場指定地にはなってはいたが、パルくんの調べに依ると期待出来ないらしい。幸いに雨が降っているコトだし、汗はさほどかかないだろう。最悪、水溜りを浄水したっていいって話だ。
テントを使っていない分、いつもより撤収は捗り、既に10kgを切った重量は足取りを更に軽くさせていた。
これは予想以上に早く着きそうだ。もはや続けて山行する気などサラサラなくなったボクは、その時既に、桑原へ下りてビールを飲むことしか考えていなかった。

峠の手前で、水場2分の看板を見付けた。思ったより早く容易に給水が出来るかもしれないなと、その指し示す先へと向かう。
そこからは水音は響いて来なかったが、豊かな流れの沢がそこにはあった。1ℓもあれば十分だろうと、ボトルとハイドレに500mlずつ給水する。
予報では昼から雨が降るて事だったから、これから本降りになるのかもしれない。だからあまりのんびりと寄り道している余裕はなかった。

ナベクボ峠、三国峠と順調に踏み越えて行く。そして地蔵峠を過ぎ、斜面を上って行く踏み跡を辿った。
肩を休めようとバックパックを下ろし、行動食のかりんとうを齧った。ショルダーの破損を恐れ、変な背負い方をしてきたツケは、キャノンボールのネックウォーマーを巻こうが、ネオパスタノーゲンを擦り込もうが、払い切れるものではなかった。
雨はまだ音もなく降り続けるままで、自分で掻いた汗以上には、服を濡らすことはない。ただ、冷たい風が身体を冷やし続けるので、長い間休むことは出来ないし、疲労を感じていない身体もそれ以上を求めてはいなかった。

下生えのないブナ林。踏み跡も定かではなく、どちらへ歩いても正しいルートのように見える。辺りを見回してもテープは見つからない。ここからのルートは尾根伝いなはず、と順等に高みを求めて進んだ。そして木々の梢と藪にその先を遮られた。
右手に見える尾根が正解だったのだろうかと、そちらを目指す。そしてその合流地点に色褪せた古いテープを見付けた。

だがしかし、その尾根の先にテープを見付けられない。やはり先ほどの尾根が正しいのだろうかと登り返し、地蔵峠を示す標識を発見し、その逆を進んで行ったのだった。

そこから先は簡単だった。それこそテープのひとつもなかったが、踏みしめる足の裏は、そこに、その固さから、確かにそこが正しいルートだと感じていた。その固さが頼りなくなれば、それっぽい方へと脚を進め、再びその固さに安堵した。群生する石楠花の美しさに目を奪われもした。

桑原への標識を過ぎ、三国山の山頂を踏みしめた。辺りはすっかり雨雲で覆われ、眺望は全くない。あっけない「高島トレイル」の終了に、何の達成感も、感慨も、疲労感すら湧き出て来なかった。それでも雨足はいよいよ強さを増し、この先に連なる山々を越えて行く気合いこそ尚更湧いて来ようもなかった。

桑原への下山路を辿る。
踏み跡を見逃し、崖と云ってもいいような斜面を、時にはブナを、時には杉を頼りに足を滑らせながら下った。早々に路を間違えている事に気付いてはいたが、何処から下りようとも林道にぶち当たる事も早々に確認していたから構わず下る。そして予想通りに林道に下り立った。

そこは並走する川の流れが深く溝を刻み、とてもじゃないが車など入って来れそうにない廃道も同然の道だった。その流れ込んだ川の流れを越えようと、滑りそうだなって思いながらも足を伸ばした沢の流れに滑らかに削られて降りしきる雨に表面をテラテラと濡らした岩は、足の裏に硬い感触を伝える間もなくボクの脚をなぎ払い、その先に待ち構えたザラザラした岩は、ボクの脛を削った。

つい先日六甲山の沢で、この折れそうな枝を踏んで、思った通りにそれが折れたら滑落するなって考えながら踏んだ枝が折れて、予想通り滑落し、血塗れの泥塗れになった教訓は、今回もまた、今までどおりに全く活かされていなかった。

その子どもの拳ほども腫れ上がった脛を、川の水で洗う。洗い流された赤黒い血の陰に現れた剥き出しの皮下脂肪の妖しいまでの白さが、ボクの浅はかな行為を嘲笑うかのようだった。

衝撃が覚め冷静になるうちに、アドレナリンで麻痺した脳は、脈打つような痛みを覚え始めていた。
軽く引くくらい腫れ上がっているが、脛を打っただけだから動脈は切っていないだろう。もしも切っていたとしたら、筋肉内に流れ込んだ血液がはち切れんばかりに脚を膨張させ、その痛みに歩くことが出来なくなってしまう。それまでに人の居る所まで進まなければ。最悪の事態を想定し、増し続ける痛みを抑えるようロキソニンを齧りながら、降りしきる雨の中、なんとか桑原まで辿り着いたのだった。

バス停の時刻を確認する。次のバスまで二時間近くあった。
だが、雨をしのげる所など公衆トイレ以外にない。その軒先で濡れた服を脱ぎ、ラーメンを作って暖を取る。もちろん、残しておいたウイスキーを舐めながら、足の痛みと濡れ冷えた身体とバスを待つ間の暇を酔いで誤魔化しながらだ。

ウイスキーも二杯目に入った頃、集落の奥から続く林道より独り髭づらの男が現れた。おにゅう峠でボクの眠りを妨げ、そして一夜を共に過ごしたその人だった。
「あんな時間にお騒がせしました」
彼は毎年この高島トレイルを歩いており、今回は二泊三日を予定していたので、七時半頃に着いてしまったのだ、と詫びた。

そんな事は全く気にしていなかった。それよりもバス待ちに持て余していた時間に、同じ趣味を持つ話し相手が出来た事が、ただ無性に嬉しかった。

時はあっという間に過ぎ、バスの時刻となった。そろそろ行きますかと片付けを済ましバス停へ向かうと、丁度コミュニティバスが到着した。

「丁度の時間にはバス停に行っていた方がいいわよ。追いかけたって待ってくれやしないんだから。昨日も乗り遅れた人がいてねえ」
傘の雫を払いながら、トイレの軒先に独り佇むボクに声をかけて来たおばちゃんの言葉をふと思い出していた。

遭遇:髭づらのひと

呑み:桑原、堅田

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