六月も初めだというのに全国各地で真夏日をたたき出す猛暑が続くなか、これはもう沢だな、と沢装備を整え出社する。
沢足袋のフェルトを張替えていなかったなと、石井スポーツで草鞋を買って大峰を目指した。
「関西起点 沢登りルート100」が見当たらないのでネットで適当に遡行図を探すが途中までのものしか見つからない。
初心者向けの容易な沢で登山道も沢筋に付いているみたいなことが書かれているから、オンサイトで大丈夫だろうとろくに情報も集めずに旅だった。
これがまたえらい苦労する羽目になろうなどとは何も知らずに。
沢沿いに今なお残る集落を抜け川をまたぐと一軒の建物が目についた。
確か川を渡ってすぐぐらいのところが取付きだったよな、うろ覚えの遡行図を思いだし、簡易浄水場の横から続く踏み跡をなぞって入渓した。
朽ち果てた取水口を越えるとすぐ、滝に出会った。
沢足袋に履き替え、草鞋を結ぶ。妙に鼻緒が短くて履きにくい。
念のためi-padで遡行図を確認する。6mの斜瀑(F1)とある。確かに6mくらいの高さだが、斜瀑というかふつうに滝だ。
直登できなくはないが、シャワークライムを強いられる。
思ったよりも気温が低いし日差しもない。入渓したばかりで体も温まっていないのに滝に打たれるのはいややなと、右岸の草付きを捲く。これが見た目以上に悪い。岩の上にうっすらと土がのり、頼りなげに草が生えている程度だった。
手掛かりになる樹根はおろか、幼木ですらほとんど手の届く範囲にはない。
それでも登れそうなポイントを探し、左へ左へとトラバースしていく。しかし、楽に登れそうなところは見つからず、心が折れた。
しかたがない。直登しようと緩んだ草鞋を結びなおした。
途端に鼻緒が切れた。ブチッとした手触りと共に、ボクの張りつめた気持ちも切れた瞬間だった。
取水口より手前まで戻り、今度は左岸を高捲く。獣道やもしれぬかすかな踏み跡をみつけ、たどる。
F1を越えて再び沢へ下りたいのだが、どれだけ探しても下りられそうなルートがない。捨て縄でも張れば別だが、戻ってこないので回収もできない。
下りられないのなら上を目指すしかない。どこかに登山道がついているかもしれないし、いっそのこと舗装林道まで出てしまってもいい。なんなら林道の終点まで歩いてしまおうかと思えるほど身も心も疲れていた。
眼下に美しい渓流を眺めながらもそこに降りたつ手段を見出せずにひたすら上へと目指し、上にあるであろう舗装林道へと近づく。結局のところ、とどのつまり、そこに出るしか道はなかったのだ。
そこはちょうどヘアピンの箇所。コーナーには地蔵菩薩が祀られていた。これもなにかの縁かとこの先の安全を祈願し手をあわせる。
そして振り返ればそのすぐ先に谷底へと向かう階段があった。一度は折れた心を試すかのように、立ち向かうならば降りてみろと言いたげに、姿を現したのだ。
しばらくは静かな遡行が続いた。初心者向けと云うにふさわしい穏やかな渓相。遡行図を確認するが、現在地はようとして知れない。
遡行図にそれらしい特徴も確認できずに進むが、あまり気にしない。
「沢ではいつもオンタイム」
なんて嘯いているのはまったくの嘘偽りってわけでもなく、やっぱり状況やルートが刻一刻と変わる沢ってヤツは頭デッカチではいけないっても思っているからだ。
大きな災害があれば姿を大きく変えることなんてよくあるってことだ。
右岸から注ぐ美しいスラブ滝をみる。遡行図には確かに右岸からの滝が描かれていた。
だが、周辺の環境が違いすぎた。いくら姿を変えるといえどもその変化は想像を超えていた。まるっきり別モノだった。
そもそも他の沢へ入ったのではないかと心配した。もしくは、しれないうちに支流に迷い込んだのではないかと危惧した。
しかし地形図にはそれらしい沢筋は認められなかった。何より遡行図に描かれている吊橋に出会っていないのが不可思議だった。頭上にかかる吊橋を見逃すことなどあるだろうか。
いや、ない。そこまで愚かではない。そう信じたい。そこまで状況判断できないのであれば、たやすく命を落としているはずだ。落としていなくとも、いつ落とすともやしれない。そこまで愚かだとは思いたくない。
印象的なチョックストーンも、残置のロープがなければ越えられなかった滝も描かれていない。どう考えても、災害やなんやかんやあって渓相が変わったとしても、ここが遡行図に描かれた沢とは思えない。
つまり、まあ、残る結論としては、ボクが思っていた入渓地点よりも前から入って、予定では要らない苦労を2時間以上していたってことだった。
進入禁止のように張り巡らされたロープをたどり、再び林道へと這い上がった。
そこには遡行図に描かれているパーキングロットのようなスペースがあり、奥へと続く梯子が据え付けられていた。
そういえばこんな梯子から入渓するって、確かにネットで見ていた。前日にチラッと、仕事の合間にコソッと、見ていた。
もう入渓する気力はなかった。
沢沿いに続く登山道をただただ歩み、心地やすそうなキャンプ適地をみつけ、ヤマビルに吸われた血がとまらんなあと、酒を呑みながら焚火にあたり、ハンモックに寝転んだ。
日程:2020/06/06-07(一泊二日)
ルート:近鉄大和上市駅 - R169ゆうゆうバス下多古バス停 - 下多古簡易水道浄水場0956 - 入渓1000 - 一般的な入渓地点1222 - 吊橋1241 - 滝見台1256 - 中の滝 - キャンプ適地1402
コースタイム: 04h.02min (休憩時間を含む)
今宿跡:1,448m
地形図:洞川
距離:?km
累積標高:?m
天候:曇り
気温:?℃
湿度:?%
目的:下多古川本谷遡行
単独行
RICOH GR DIGITAL IV
おけ常(下市) ★★★★ 上巻寿司¥850、柿の葉寿司¥110×2
千石楼(大石) ★★★
チンタ(水道筋) ★★★★
R169ゆうゆうバス 下市駅 - 下多古¥1,210
奈良交通バス 洞川温泉 - 西迎院前¥1,270
沢足袋のフェルトを張替えていなかったなと、石井スポーツで草鞋を買って大峰を目指した。
「関西起点 沢登りルート100」が見当たらないのでネットで適当に遡行図を探すが途中までのものしか見つからない。
初心者向けの容易な沢で登山道も沢筋に付いているみたいなことが書かれているから、オンサイトで大丈夫だろうとろくに情報も集めずに旅だった。
これがまたえらい苦労する羽目になろうなどとは何も知らずに。
沢沿いに今なお残る集落を抜け川をまたぐと一軒の建物が目についた。
確か川を渡ってすぐぐらいのところが取付きだったよな、うろ覚えの遡行図を思いだし、簡易浄水場の横から続く踏み跡をなぞって入渓した。
朽ち果てた取水口を越えるとすぐ、滝に出会った。
沢足袋に履き替え、草鞋を結ぶ。妙に鼻緒が短くて履きにくい。
念のためi-padで遡行図を確認する。6mの斜瀑(F1)とある。確かに6mくらいの高さだが、斜瀑というかふつうに滝だ。
直登できなくはないが、シャワークライムを強いられる。
思ったよりも気温が低いし日差しもない。入渓したばかりで体も温まっていないのに滝に打たれるのはいややなと、右岸の草付きを捲く。これが見た目以上に悪い。岩の上にうっすらと土がのり、頼りなげに草が生えている程度だった。
手掛かりになる樹根はおろか、幼木ですらほとんど手の届く範囲にはない。
それでも登れそうなポイントを探し、左へ左へとトラバースしていく。しかし、楽に登れそうなところは見つからず、心が折れた。
しかたがない。直登しようと緩んだ草鞋を結びなおした。
途端に鼻緒が切れた。ブチッとした手触りと共に、ボクの張りつめた気持ちも切れた瞬間だった。
取水口より手前まで戻り、今度は左岸を高捲く。獣道やもしれぬかすかな踏み跡をみつけ、たどる。
F1を越えて再び沢へ下りたいのだが、どれだけ探しても下りられそうなルートがない。捨て縄でも張れば別だが、戻ってこないので回収もできない。
下りられないのなら上を目指すしかない。どこかに登山道がついているかもしれないし、いっそのこと舗装林道まで出てしまってもいい。なんなら林道の終点まで歩いてしまおうかと思えるほど身も心も疲れていた。
眼下に美しい渓流を眺めながらもそこに降りたつ手段を見出せずにひたすら上へと目指し、上にあるであろう舗装林道へと近づく。結局のところ、とどのつまり、そこに出るしか道はなかったのだ。
そこはちょうどヘアピンの箇所。コーナーには地蔵菩薩が祀られていた。これもなにかの縁かとこの先の安全を祈願し手をあわせる。
そして振り返ればそのすぐ先に谷底へと向かう階段があった。一度は折れた心を試すかのように、立ち向かうならば降りてみろと言いたげに、姿を現したのだ。
しばらくは静かな遡行が続いた。初心者向けと云うにふさわしい穏やかな渓相。遡行図を確認するが、現在地はようとして知れない。
遡行図にそれらしい特徴も確認できずに進むが、あまり気にしない。
「沢ではいつもオンタイム」
なんて嘯いているのはまったくの嘘偽りってわけでもなく、やっぱり状況やルートが刻一刻と変わる沢ってヤツは頭デッカチではいけないっても思っているからだ。
大きな災害があれば姿を大きく変えることなんてよくあるってことだ。
右岸から注ぐ美しいスラブ滝をみる。遡行図には確かに右岸からの滝が描かれていた。
だが、周辺の環境が違いすぎた。いくら姿を変えるといえどもその変化は想像を超えていた。まるっきり別モノだった。
そもそも他の沢へ入ったのではないかと心配した。もしくは、しれないうちに支流に迷い込んだのではないかと危惧した。
しかし地形図にはそれらしい沢筋は認められなかった。何より遡行図に描かれている吊橋に出会っていないのが不可思議だった。頭上にかかる吊橋を見逃すことなどあるだろうか。
いや、ない。そこまで愚かではない。そう信じたい。そこまで状況判断できないのであれば、たやすく命を落としているはずだ。落としていなくとも、いつ落とすともやしれない。そこまで愚かだとは思いたくない。
印象的なチョックストーンも、残置のロープがなければ越えられなかった滝も描かれていない。どう考えても、災害やなんやかんやあって渓相が変わったとしても、ここが遡行図に描かれた沢とは思えない。
つまり、まあ、残る結論としては、ボクが思っていた入渓地点よりも前から入って、予定では要らない苦労を2時間以上していたってことだった。
進入禁止のように張り巡らされたロープをたどり、再び林道へと這い上がった。
そこには遡行図に描かれているパーキングロットのようなスペースがあり、奥へと続く梯子が据え付けられていた。
そういえばこんな梯子から入渓するって、確かにネットで見ていた。前日にチラッと、仕事の合間にコソッと、見ていた。
もう入渓する気力はなかった。
沢沿いに続く登山道をただただ歩み、心地やすそうなキャンプ適地をみつけ、ヤマビルに吸われた血がとまらんなあと、酒を呑みながら焚火にあたり、ハンモックに寝転んだ。
日程:2020/06/06-07(一泊二日)
ルート:近鉄大和上市駅 - R169ゆうゆうバス下多古バス停 - 下多古簡易水道浄水場0956 - 入渓1000 - 一般的な入渓地点1222 - 吊橋1241 - 滝見台1256 - 中の滝 - キャンプ適地1402
コースタイム: 04h.02min (休憩時間を含む)
今宿跡:1,448m
地形図:洞川
距離:?km
累積標高:?m
天候:曇り
気温:?℃
湿度:?%
目的:下多古川本谷遡行
単独行
RICOH GR DIGITAL IV
おけ常(下市) ★★★★ 上巻寿司¥850、柿の葉寿司¥110×2
千石楼(大石) ★★★
チンタ(水道筋) ★★★★
R169ゆうゆうバス 下市駅 - 下多古¥1,210
奈良交通バス 洞川温泉 - 西迎院前¥1,270
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