YTK 大峯遅駆道100kmハイク壹日目
YTK 大峯遅駆道100kmハイク貳日目
YTK 大峯遅駆道100kmハイク參日目
YTK 大峯遅駆道100kmハイク肆日目
ルート:投地蔵辻 - 小笹宿 - 大普賢岳 - 行者還岳 - 弥山 - 八経ヶ岳 - 楊枝宿
日程:20130503-06(三泊四日)
コースタイム:8h50min(二日目、休憩時間を含む)
大普賢岳:1,780.1m
行者還岳:1,546.2m
弥山:1,895m
八経ヶ岳:1,915m
距離:19.682km?
累積標高:1,628m?
天候:晴れのち雨ところにより雪
気温:?
湿度:?
目的:100kmハイク
単独行
未だ日も登らぬ薄明かりの中をひとりの縦走者が歩いて行った。
それはボクがまだツェルトを畳み始めてすらいない時刻だった。おそらく大峯山寺の宿坊をまだ夜も明けきらぬ内に旅立ったのだろう。
後を追うように荷物をまとめ、旅立つ。最初にすべきことは小笹宿で水を汲むこと。大峯奥駈はひたすら尾根道を辿るから汲めるときに汲めるだけ汲んで置かないと結構苦労する。谷へ下り、水を汲み、また尾根へと這い上がる。これが結構なアルバイトになる。満タンの水を背負い長い距離重い荷を背負うか、水が切れかけたらシンドイ思いをして沢へ下り適度に汲み足すか、どちらが楽でどちらが時間がかかるかは分からないが、水が無くなる恐怖感にボクは打ち勝つことが出来ないので2.5ℓの水を常に背負う。
そうして訪れた小笹宿は水量も豊富でテン場も広い、大峯奥駈を通して最もよい幕営地であった。
大普賢岳、行者還岳と順調に越え、弥山の階段で渋滞にはまる。その渋滞にペースを乱されたからか、疲れがたまってきたせいか、先先へと進もうという気力が萎えていった。
弥山山頂の広場はさらに人が多かった。ちょうど昼時のこともあり、あちこちでストーブに火が点り温かな匂いが漂っていた。
天河大辨財天社奥の院を参拝し早々に八経ヶ岳を目指す。降りそぼる雨はやがて白さを増していった。去年の嫌な記憶が甦る。吹付ける霙に凍え、太古の辻より下った苦い思い出。しかし今回は風がない。雪もさほど多くない。それでも立止まっていては凍えるほど気温は低い。長居は無用とばかりに先を急いだ。
五鈷峰辺りの崩落はさらに進んでいた。斜面をへつる奥駆道は崩れ落ち、巻くように踏み跡は上へと向かっていた。そしてその先に続く小さな崖に悪戦苦闘するオンナノコの集団がいた。3人が経験者、1人は初心者、そんなパーティー。その一人のコが落差4~5mのところをクリア出来ないでいた。
「荷物はデポしていいから」
「空身で降りて」
「手はそこ、足はここに」
先に下りたメンバーがステップを刻む。それでも足を延ばし届かないと身を屈め、遅々として進まない。
相変わらず雨はしとしとと降り注ぎ頭を肩をと濡れそぼる。汗よりも体を濡らさぬ雨具合であっても、さすがにこれだけ待たされては寒さを覚えた。
荷を下し雨具を羽織る。
「すみませんでしたー。先に下りてください」
ようやくそのコがたどり着き、バックパックを回収したコが申し訳なさそうにボクに声をかけた。
しばし立止まる内に体を冷やしたのか、オンナノコ達の微笑ましい姿を見かけ緊張の糸が解れたからかは分からないが、歩き始めるといきなり右膝に痛みを覚えた。
それは、先々週のフルマラソンでの古傷であったかもしれないし、先週の100kmハイクの疲労であったかもしれない。とにかくまだ1/3しか来ていないのに膝を痛めてしまったことに違いはなかった。
冷えた体を休めに楊枝宿の避難小屋を訪れた。
先客は2人。入口に近い側の隅が空いている。シュラフを広げ潜りこむ。時刻はまだ3時にもなっていない。地図を睨み、深仙宿まで行く予定だったんだがな、と思う。時間、体力的には全然余裕なのだが気持ちが萎えていた。あのコ達はここで泊るであろうというスケベ心がないこともない。どっしりと腰を据え、小説を読みながら焼酎を呑み始めた。
いつしか小屋の中はヘッデンなしには文字も読めないほど暗くなっていた。女の子たちは未だ訪れない。小屋のなかは二階を含めてもあと56人くらいしか入れないだろう。
空間がある内にコッヘルに湯を沸かしパスタを茹でる。腹も膨れたことだしゴロリと横になる。暗闇の中、焼酎を舐めながら2chのログを眺める。そしていつしか眠りについていた。
「中で料理させてもらってもいいですか?」
黄色い声が響く。ようやく彼女らが到着したらしい。だが、もはや4人も横になれるスペースは残っていなかった。
「どうぞどうぞ」
寝ぼけながら答える。
彼女らは土間にしゃがみストーブに火を入れる。そして食材を刻むリズミカルな音を聞きながらボクは再び眠りに落ちていった。
暗闇の中、目を覚ました。時刻は11時少し前。水を汲んでおこうとプラティパスを取り出す。ここの水場はちょろちょろっとしか水が流れていないから、えらく時間がかかったと聞いていたからだ。夜明け前の水汲み行列なんてゴメンだった。
水場は小屋の裏の沢。水場まで4分と看板が掛っていた。意外と距離があるな、と思いながら斜面を下る。1分くらい下り、路を外れて放尿した。空は木々に覆われ星ひとつ見えない。そしてボクの足元より響く水音以外何も聞こえてくるものはなかった。この暗さと静けさはやばいな、とおぼろげに思う。水場まで辿りつけるのか、と不安になる。
帰ろう。
この闇にヘッデン一つで居る危うさに気付いた。
下りてきた斜面を引返す。こんな倒木なんてなかったぞ、と思いながら乗越える。邪魔だな、と思いながら藪を漕ぐ。
ここはどこだ?
1分下っただけの斜面地で小屋の方角を見失っていた。迷った時は尾根へ上る、そんな馬鹿馬鹿しい程に場違いな山のセオリーが酔いに痺れた頭に浮かぶ。そしてひときわな藪を抜けて尾根へ這い上がる。
そこは姫笹の原が拡がる高原の趣きだった。少しホッとするが小屋の屋根らしきものはない。とりあえず辺りを確認しようと緩いスロープを下って行くと、しっかりとした踏み跡を見つけた。
やれやれ、ようやく小屋に戻れるわ、とその踏み跡をたどった。程なくしてその踏み跡は尾根筋を外れ谷へ向かう。記憶を辿り、そうそうこんな路やったわと安心する。一部崩落した箇所に差し掛かり、昼間は何てことない崖でもこう暗いと気を付けないとな、と慎重になったりもする。
そしてその崖を越えたところでいきなり行き先を見失った。何処かに踏み跡はないかとヘッデンで照らし回るが路らしきものは見つからない。それでも方角的には合ってるはず、と先へと進む。谷へと下りてすぐくらいに小屋が在ったような、と思いながら随分と進む。薄い木立を抜け、緩く上り、笹原に出る。
そこにオカシイなと思う間もなく見覚えのある枯木が視界に入った。それはほんの10分前に見かけた立枯れ。笹を抜ける踏み跡の横に視たセツナサ。
ボクはついさっき藪漕ぎをして辿り着いた尾根をただグルりと一周して、また谷へと下る踏み跡にたどり着いたのだった。
その間に小屋らしき影は見かけなかったか。周りに張られた数多くのテントの反射板は輝かなかったか。答えはただひたすらにnoだった。それこそ何もない路を、少しばかり危なげな崖を、星も瞬かぬ木立の合間を、ただただ抜けてきただけだったのだった。
この辺りからボクは少しばかりパニックに落ち行っていたのだと思う。冷静な判断力を失なっていたのだと思う。
こっちで無いのならあっちだ、とばかりに踏み跡を逆方向へ向かった。早くこの状況を脱け出したいがために、いつしか小走りになっていた。
気持ちよく続くその路はやがて緩く下って行き、その先には黒々とそびえ立つ頂が待ち構えているのであった。
明らかにこっちではない。これは舟ノ垰へ繋がる路だ。10分近くも逆方向に進む程に混乱していたボクは、ようやく此処で冷静になることが出来たのだった。
標高1500m。そこは5月とはいえ気温は0度近い。装備はといえば、下はMOUNTAIN EQUIPMENTの短パン。上はftのアクティブスキンにパタゴニアのcp2、ORのセントリフュージジャケット、そしてORのヘリウムIIジャケットを羽織るだけ。水はプラティパスに残っている500mlばかり。そしてたまたまポケットに入っていたアメちゃんひとつで全てだった。
夜明けまであと五時間。歩き続けている限りまったく寒くは無い。ただ、アメちゃん一個で5時間彷徨い続けるのは限りなく不可能に近い。つまり避難小屋に辿りつかない限り、限りなく死に近いって事だった。
再び谷へと下る路を辿る。そして再び崖を越える。そうして再び行くべき路を見失った。
上がダメなら下へ行く。それは当然の帰結だった。だから先ほどのルートより下へ下へと小屋を探す。位置的には間違ってはいないはず。野生的ともいえる方向感覚だけを信じ、あの懐かしき小屋を探した。そして木々の合間にキラキラと輝く光点を見付ける。テントかと目を凝らすが、そのふたつの光はプイッと消えてしまった。失望感と徒労感に包まれ、ひと時足を止めた。
あまり歩き回っては無駄に体力を消耗する。この辺りが確かに迷い始めた辺りなのだから、ここから数分以内に避難小屋があるはず、とばかりに、あまり遠くは行かずに、螺旋状に周辺を散策した。そうして見付けたひとつのプレート。そこには「水場まで1分」と書かれていた。助かった、と思った。それはここから小屋まで3分ってことを意味していたからだった。
ちょろちょろと流れる水でプラティパスを満たし、木々に貼られた目印を頼りに上がる。時々その印を見失ったりするが、そんなことは問題じゃない。見失った処に戻りまた印を探す。どうしても見つからないところでは踏み跡らしき所を辿る。そしてあっけなく小屋へたどり着いた。時刻は深夜0時を回ったばかり。
片道4分往復8分の道のりを、たっぷりと1時間以上かけて命からがら戻り着いた。そして決して死ぬことの無い温もりに包まれ、夜明けを迎えることが出来たのだった。
---------- 反省会 ----------
深夜徘徊は止めましょう。命の危険があります。
呑み:楊枝宿
YTK 大峯遅駆道100kmハイク貳日目
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ルート:投地蔵辻 - 小笹宿 - 大普賢岳 - 行者還岳 - 弥山 - 八経ヶ岳 - 楊枝宿
日程:20130503-06(三泊四日)
コースタイム:8h50min(二日目、休憩時間を含む)
大普賢岳:1,780.1m
行者還岳:1,546.2m
弥山:1,895m
八経ヶ岳:1,915m
距離:19.682km?
累積標高:1,628m?
天候:晴れのち雨ところにより雪
気温:?
湿度:?
目的:100kmハイク
単独行
未だ日も登らぬ薄明かりの中をひとりの縦走者が歩いて行った。
それはボクがまだツェルトを畳み始めてすらいない時刻だった。おそらく大峯山寺の宿坊をまだ夜も明けきらぬ内に旅立ったのだろう。
後を追うように荷物をまとめ、旅立つ。最初にすべきことは小笹宿で水を汲むこと。大峯奥駈はひたすら尾根道を辿るから汲めるときに汲めるだけ汲んで置かないと結構苦労する。谷へ下り、水を汲み、また尾根へと這い上がる。これが結構なアルバイトになる。満タンの水を背負い長い距離重い荷を背負うか、水が切れかけたらシンドイ思いをして沢へ下り適度に汲み足すか、どちらが楽でどちらが時間がかかるかは分からないが、水が無くなる恐怖感にボクは打ち勝つことが出来ないので2.5ℓの水を常に背負う。
そうして訪れた小笹宿は水量も豊富でテン場も広い、大峯奥駈を通して最もよい幕営地であった。
大普賢岳、行者還岳と順調に越え、弥山の階段で渋滞にはまる。その渋滞にペースを乱されたからか、疲れがたまってきたせいか、先先へと進もうという気力が萎えていった。
弥山山頂の広場はさらに人が多かった。ちょうど昼時のこともあり、あちこちでストーブに火が点り温かな匂いが漂っていた。
天河大辨財天社奥の院を参拝し早々に八経ヶ岳を目指す。降りそぼる雨はやがて白さを増していった。去年の嫌な記憶が甦る。吹付ける霙に凍え、太古の辻より下った苦い思い出。しかし今回は風がない。雪もさほど多くない。それでも立止まっていては凍えるほど気温は低い。長居は無用とばかりに先を急いだ。
五鈷峰辺りの崩落はさらに進んでいた。斜面をへつる奥駆道は崩れ落ち、巻くように踏み跡は上へと向かっていた。そしてその先に続く小さな崖に悪戦苦闘するオンナノコの集団がいた。3人が経験者、1人は初心者、そんなパーティー。その一人のコが落差4~5mのところをクリア出来ないでいた。
「荷物はデポしていいから」
「空身で降りて」
「手はそこ、足はここに」
先に下りたメンバーがステップを刻む。それでも足を延ばし届かないと身を屈め、遅々として進まない。
相変わらず雨はしとしとと降り注ぎ頭を肩をと濡れそぼる。汗よりも体を濡らさぬ雨具合であっても、さすがにこれだけ待たされては寒さを覚えた。
荷を下し雨具を羽織る。
「すみませんでしたー。先に下りてください」
ようやくそのコがたどり着き、バックパックを回収したコが申し訳なさそうにボクに声をかけた。
しばし立止まる内に体を冷やしたのか、オンナノコ達の微笑ましい姿を見かけ緊張の糸が解れたからかは分からないが、歩き始めるといきなり右膝に痛みを覚えた。
それは、先々週のフルマラソンでの古傷であったかもしれないし、先週の100kmハイクの疲労であったかもしれない。とにかくまだ1/3しか来ていないのに膝を痛めてしまったことに違いはなかった。
冷えた体を休めに楊枝宿の避難小屋を訪れた。
先客は2人。入口に近い側の隅が空いている。シュラフを広げ潜りこむ。時刻はまだ3時にもなっていない。地図を睨み、深仙宿まで行く予定だったんだがな、と思う。時間、体力的には全然余裕なのだが気持ちが萎えていた。あのコ達はここで泊るであろうというスケベ心がないこともない。どっしりと腰を据え、小説を読みながら焼酎を呑み始めた。
いつしか小屋の中はヘッデンなしには文字も読めないほど暗くなっていた。女の子たちは未だ訪れない。小屋のなかは二階を含めてもあと56人くらいしか入れないだろう。
空間がある内にコッヘルに湯を沸かしパスタを茹でる。腹も膨れたことだしゴロリと横になる。暗闇の中、焼酎を舐めながら2chのログを眺める。そしていつしか眠りについていた。
「中で料理させてもらってもいいですか?」
黄色い声が響く。ようやく彼女らが到着したらしい。だが、もはや4人も横になれるスペースは残っていなかった。
「どうぞどうぞ」
寝ぼけながら答える。
彼女らは土間にしゃがみストーブに火を入れる。そして食材を刻むリズミカルな音を聞きながらボクは再び眠りに落ちていった。
暗闇の中、目を覚ました。時刻は11時少し前。水を汲んでおこうとプラティパスを取り出す。ここの水場はちょろちょろっとしか水が流れていないから、えらく時間がかかったと聞いていたからだ。夜明け前の水汲み行列なんてゴメンだった。
水場は小屋の裏の沢。水場まで4分と看板が掛っていた。意外と距離があるな、と思いながら斜面を下る。1分くらい下り、路を外れて放尿した。空は木々に覆われ星ひとつ見えない。そしてボクの足元より響く水音以外何も聞こえてくるものはなかった。この暗さと静けさはやばいな、とおぼろげに思う。水場まで辿りつけるのか、と不安になる。
帰ろう。
この闇にヘッデン一つで居る危うさに気付いた。
下りてきた斜面を引返す。こんな倒木なんてなかったぞ、と思いながら乗越える。邪魔だな、と思いながら藪を漕ぐ。
ここはどこだ?
1分下っただけの斜面地で小屋の方角を見失っていた。迷った時は尾根へ上る、そんな馬鹿馬鹿しい程に場違いな山のセオリーが酔いに痺れた頭に浮かぶ。そしてひときわな藪を抜けて尾根へ這い上がる。
そこは姫笹の原が拡がる高原の趣きだった。少しホッとするが小屋の屋根らしきものはない。とりあえず辺りを確認しようと緩いスロープを下って行くと、しっかりとした踏み跡を見つけた。
やれやれ、ようやく小屋に戻れるわ、とその踏み跡をたどった。程なくしてその踏み跡は尾根筋を外れ谷へ向かう。記憶を辿り、そうそうこんな路やったわと安心する。一部崩落した箇所に差し掛かり、昼間は何てことない崖でもこう暗いと気を付けないとな、と慎重になったりもする。
そしてその崖を越えたところでいきなり行き先を見失った。何処かに踏み跡はないかとヘッデンで照らし回るが路らしきものは見つからない。それでも方角的には合ってるはず、と先へと進む。谷へと下りてすぐくらいに小屋が在ったような、と思いながら随分と進む。薄い木立を抜け、緩く上り、笹原に出る。
そこにオカシイなと思う間もなく見覚えのある枯木が視界に入った。それはほんの10分前に見かけた立枯れ。笹を抜ける踏み跡の横に視たセツナサ。
ボクはついさっき藪漕ぎをして辿り着いた尾根をただグルりと一周して、また谷へと下る踏み跡にたどり着いたのだった。
その間に小屋らしき影は見かけなかったか。周りに張られた数多くのテントの反射板は輝かなかったか。答えはただひたすらにnoだった。それこそ何もない路を、少しばかり危なげな崖を、星も瞬かぬ木立の合間を、ただただ抜けてきただけだったのだった。
この辺りからボクは少しばかりパニックに落ち行っていたのだと思う。冷静な判断力を失なっていたのだと思う。
こっちで無いのならあっちだ、とばかりに踏み跡を逆方向へ向かった。早くこの状況を脱け出したいがために、いつしか小走りになっていた。
気持ちよく続くその路はやがて緩く下って行き、その先には黒々とそびえ立つ頂が待ち構えているのであった。
明らかにこっちではない。これは舟ノ垰へ繋がる路だ。10分近くも逆方向に進む程に混乱していたボクは、ようやく此処で冷静になることが出来たのだった。
標高1500m。そこは5月とはいえ気温は0度近い。装備はといえば、下はMOUNTAIN EQUIPMENTの短パン。上はftのアクティブスキンにパタゴニアのcp2、ORのセントリフュージジャケット、そしてORのヘリウムIIジャケットを羽織るだけ。水はプラティパスに残っている500mlばかり。そしてたまたまポケットに入っていたアメちゃんひとつで全てだった。
夜明けまであと五時間。歩き続けている限りまったく寒くは無い。ただ、アメちゃん一個で5時間彷徨い続けるのは限りなく不可能に近い。つまり避難小屋に辿りつかない限り、限りなく死に近いって事だった。
再び谷へと下る路を辿る。そして再び崖を越える。そうして再び行くべき路を見失った。
上がダメなら下へ行く。それは当然の帰結だった。だから先ほどのルートより下へ下へと小屋を探す。位置的には間違ってはいないはず。野生的ともいえる方向感覚だけを信じ、あの懐かしき小屋を探した。そして木々の合間にキラキラと輝く光点を見付ける。テントかと目を凝らすが、そのふたつの光はプイッと消えてしまった。失望感と徒労感に包まれ、ひと時足を止めた。
あまり歩き回っては無駄に体力を消耗する。この辺りが確かに迷い始めた辺りなのだから、ここから数分以内に避難小屋があるはず、とばかりに、あまり遠くは行かずに、螺旋状に周辺を散策した。そうして見付けたひとつのプレート。そこには「水場まで1分」と書かれていた。助かった、と思った。それはここから小屋まで3分ってことを意味していたからだった。
ちょろちょろと流れる水でプラティパスを満たし、木々に貼られた目印を頼りに上がる。時々その印を見失ったりするが、そんなことは問題じゃない。見失った処に戻りまた印を探す。どうしても見つからないところでは踏み跡らしき所を辿る。そしてあっけなく小屋へたどり着いた。時刻は深夜0時を回ったばかり。
片道4分往復8分の道のりを、たっぷりと1時間以上かけて命からがら戻り着いた。そして決して死ぬことの無い温もりに包まれ、夜明けを迎えることが出来たのだった。
---------- 反省会 ----------
深夜徘徊は止めましょう。命の危険があります。
呑み:楊枝宿
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