スキップしてメイン コンテンツに移動

十津川水系川迫川 神童子谷~ノウナシ谷遡行二日目 2018年7月19日

P7190163s
OLYMPUS OM-D E-M1 Panasonic Lumix G 14mm F2.5 ASPH


薄明が始まり、身を絞めつける肌寒さはいつの間にか去っていた。
腰の痛みを気にしながら恐る恐るハンモックからおりてみる。痛みを感じない腰の捻りかたを探りながら、だ。

昨晩、寒さのあまり手探りで探したオールウェザーブランケットは1メートルほど離れた場所に落ちている。そばには900ml入の焼酎の紙パックが空で転がっていた。いつも通りの寝落ちだった。つまりそういうことだ。記憶がないのも当然のことだった。

テン場を後にしたのは午前5時をわずかに回った頃。山深い渓谷の底とはいえ、すでに足元はしっかりと見えるほどには明るくなっている。そこでここ連日の暑さを思う。それを思い返し、その事を避けたいと思う。そこからボクは日が昇り、少しづつ気温が上がる前にわずかでも先へ進んでおくべきだ、と考えた。

すぐ上流にある8m程度の滝を捲き、しばらくはアプローチシューズと云うかベアフットトレランシューズで、右岸、左岸と渡渉しながら進んでいく。いよいよ水に入らなければ進めないぞ、という処まできて、ようやくラッシュガードを着用し、少し湿った沢足袋に履き替えた。

遡行図に「平凡」と書かれた区間は、観るべき雄大な滝がない、だとか、目を見張るべき荘厳なゴルジュがない、だとか、云うだけで、静粛な沢様を保つ美しき渓谷が続いていた。

再び遡行図を見た。『関西起点沢登りルート100』のコピーを見直した。そこからこの先の沢のあるべき姿を想像した。
そこに拡がる姿は、ボクがそこから読み解く姿とはまったく異なっていたが、それはボクを失望させることなど何もなく、いつまでもその世界が続けばいいと思わせていた。と云うのはウソだ。いや、ウソではないが、ウソでこそないのだが、早くノウナシ滝へたどり着きたい、その姿を見上げたい、と云う気持ちは、抑えようもなく湧き上がってくるのだった。

滝口からほとばしる水の響きを聞くたびに、もうすぐノウナシ滝にたどり着くのだろうという期待を膨らませては、何度その期待を裏切られてきたのだろう。
ようやくその姿を目にした時には歓びにうち震えると云うよりも、これから先に続く道程の長さに絶望した。
遡行図はそのままのスケールで描かれてはいない事は分かっていても、この先の長さを思うと不安になる。
それと云うのも、昨日、ハンモックから落ちて打ちつけた腰が何かするたびにシクシク痛み、思うようなムービングができないのと、どうやら何処かでグローブを落としてしまったらしく、それが見当たらないから、素手でクライムし続けなければならないからだった。

ノウナシ滝を捲くルートを、ボクはすっかり勘違いしていた。間違えて覚えていた。ノウナシ滝はノウナシ谷へ流れ込む滝で、本流ではないと思っていた。何故そう覚えていたのだろうか。そう思い込んでいたのだろうか。ノウナシ滝を、ノウナシ谷の名を冠したその滝を、何故、それが本流ではないなどと思い違えていたのだろうか。少しでも考えれば判ることだ。ちゃんと遡行図を見れば明かなことだった。
思い込みとは恐ろしい。その地形をいくら観察しようと、その遡行図をいくらその地形と照らし合せようと、ノウナシ滝はノウナシ谷を代表する滝であろうとも、象徴であったとしても、それがノウナシ谷の滝ではないと、そう思い込んでいたのだった。そう、つまりボクはそれほどまでにノウナシだったのだ。

ノウナシ滝の、その左岸側の支流を辿るように進む。そしてボクはそちらの沢を遡行するような素振りを見せたが、もう一度冷静に考え、周囲の地形を観察し、遡行図に書かれた文言を吟味し、ようやく正しい道を見つけた。ノウナシ滝が本流だと云うことにようやく気づき、滝と沢に挟まれた尾根を上ることに決めたのだ。
遡行図には、明らかにノウナシ滝が、その先の流れが本流であり、その左岸から、そこからリッジをなぞって、上がることを示していたのだった。

登り始めて間もなく、明らかに最近つけられたであろう踏み跡を見つけた。それは今後、幾度となくその跡を辿り、幾度となくそこを離れ、幾度となく再びボクの行先を指し示してくれた、そんなありがたい道標だった。
つづら折りにその跡を追いかけ、尾根へ出た。そこから更に高捲き、滝口の先のさらに先を降り始め、さらにその先に新たにもう一つの滝を見つけて、下りてはすぐに捲き上がるのもアホらしく思い、そのままヘツリ続けたのだった。

千手滝。美しいその滝は下からはうかがい知れないが、馬頭滝を上に従えた二段滝なのだと云う。
オンサイトでは取り付きが分からず、再び『関西起点沢登りルート100』を開く。ジップロックに包まれたそのコピーをポケットから取り出して、そこに書かれた解説を注意深く読み直した。

「右側のルンゼに取り付いて壁を高捲く」
ルンゼという事は、滝の左岸のあの傾斜を登るワケか。滝壺を、この釜を泳ぎ渡って、ルンゼに取り付くワケか。
「錯綜する踏跡に惑わされて高巻きしすぎると、馬頭滝を見ずに上流に出てしまう」
という事は、滝のすぐ横を上るべきなのだろう。下からは見る分にはルンゼの中央付近が楽そうに見えるが、そこは正しいルートではないのだろう。上段の馬頭滝を眺望したいのであれば、その登りやすそうなルートは違うのだろう。そちらから登れば馬頭滝まで高捲いてしまうのだろう。
今度こそボクは思い込みなく、冷静に沈着に、遡行図に書かれているそのままの事を、その地形をちゃんと観察し、ちゃんと照らし合せたうえで、そう正しく結論付けた。

日が昇って間もない時刻。気温も水温もそれほど上がってはいなくて、泳ぎは嫌だなと思っていたが、色々と覚悟を決めて飛び込んだ。その冷たさだとか、その後に続くであろう困難さだとかを飲み込んで、飛び込んだのだった。

いざルンゼに取り付いてみると見た目ほどの傾斜ではなく、スタンスもしっかりとしていた。滝のちょうど中間地点位まで、ではあるが。
そこから先は傾斜を増し、立ったまま上る事はできない。クラックを利用し、手とつま先を差し込みながら、指先から掌までのフリクションを利かせながら、登っていく。
そしてその先を折り返しだ。10㎝ほどの踏み跡を辿り、再び滝の方へ引き返していった。

「落ちたら死ぬ、落ちたら死ぬ」
フリーソロなのだ。ビレイなどしていないのだ。だから絶対に落ちるわけにはいかないのだ。
集中力を切らさぬように、慎重に、少しづつ、一歩一歩進んでいく。そして馬頭滝の中ほどの、滝壺を、大きな釜を見下ろす尾根に出た。そこから釜へ下りれるのかもしれないが、そこまでの気力はなかった。既に集中力を切らしている。セルフビレイを取ろうかと思った。取らなくてもいいだろうと思い直した。ここには50㎝四方ほどの平場がある。それは三脚を立てて、滝壺に落ちることもなく、無事に撮影を済ますには十分な広さだった。
そして一刻も早くこの不安定な立場から、馬頭滝を撮影すると云う本来の目的を果たして、地に足のついたその場所へと戻りたかった。

三脚を取出しカメラを据付けるなか、手のひらに痛みを感じた。
クラックを登っている時の傷だろう。鋭く尖った岩で切ったのだろう。グローブをしていなかったせいてあろう。アドレナリンをたれ流していたから痛みに気づかなかっただけなのだ。

この先の写真はほとんどない。バッテリーが切れたからだ。予備に用意していた二つのバッテリーには、これっぽちも充電されていなかったからだ。古すぎるバッテリーも、中華製互換バッテリーもまったく充電されていなかったからだ。

だからミラーレスは嫌いだ。一眼レフでは二泊三日だろうと、五泊六日だろうと、バッテリー交換などせずとももつのに、ミラーレスでは一泊二日ですらもたない。
この先に続く美しき滝や、健やかなるナメを撮れなかった事は残念でしょうがない。この先にも美しき滝はあったのだ。素晴らしきナメ床も続いていたのだ。

ガラケーにもカメラは付いている。その事に気付いたのは、そういえばガラケーでも時間を確認できるのだと、電源を入れた時だった。
その時まで、まさかの遭難した時の、いざという時にしか使いようのない山奥でも電波を捕らえられる可能性の高いドコモの、わずかでも荷物を減らしたくても持ち歩き続けてきたお守りのようなそのガラケーに、その他の用途などあろうとは、実にその時まで気づきもしなかったのだ。

ザックのサイドポケットにグローブが入っていた。その事に気付いたのは、山上ヶ岳の宿坊でビールを飲み干しながら寺男?と会話を交わし、予想外に多くすれ違う修験者達と「ようお参り」の挨拶を交わし、むらがる虻を交わし続け、女人結界をくぐったのちに、そこのベンチでザックを下して、上着を着替えたときだった。もはや使う必要もなくなったあとにだった。手を切る必要などどこにもなかったのだ。本当にボクはほとほとノウナシだったのだ。

ここからはボクが得るべき教訓は「思い込むな、確認しろ。記憶はいつも自分を騙す」ということだ。
いつか命を落とす前に、その事を魂に刻み込んでおかなければならない。


ノウナシ滝
P7190167s
OLYMPUS OM-D E-M1 Panasonic Lumix G 14mm F2.5 ASPH


P7190169s
OLYMPUS OM-D E-M1 Panasonic Lumix G 14mm F2.5 ASPH


千手滝
P7190172.jpg.out.pp3s
OLYMPUS OM-D E-M1 Panasonic Lumix G 14mm F2.5 ASPH


P7190175.jpg.out.pp3s
OLYMPUS OM-D E-M1 Panasonic Lumix G 14mm F2.5 ASPH


馬頭滝
P7190178.jpg.out.pp3s
OLYMPUS OM-D E-M1 Panasonic Lumix G 14mm F2.5 ASPH


P7190179.jpg.out.pp3s
OLYMPUS OM-D E-M1 Panasonic Lumix G 14mm F2.5 ASPH


この写真を最後にバッテリーが切れる
P7190180s
OLYMPUS OM-D E-M1 Panasonic Lumix G 14mm F2.5 ASPH


日程:2018/07/18-19(一泊二日)
ルート:泊適地発0519 - 給水地点0606 - 2条滝0614 - ノウナシ滝0644 - 千手滝0719 - 馬頭滝0739 - 脇ノ宿谷水源0933 - 奥駆道0945 - 小笹宿0957 - 地蔵1011 - 山上ヶ岳1031 - 喜蔵院1040 - 西の覗1101 - 陀羅尼助茶屋1116 - 洞辻茶屋1123 - 大峯山女人結界門1218 - 洞川温泉
コースタイム: 6h.59min (休憩時間を含む)
山上ヶ岳 1,719m 日本三百名山

地形図:弥山、洞川

距離:?km
累積標高:?m
天候:晴れ
気温:?℃
湿度:?%
目的:神童子谷遡行
単独行

奈良交通バス洞川温泉 - 西迎院前 ¥1,250
近鉄下市口 - 近鉄八尾 ¥780
JR八尾 - 大阪 ¥300

喜蔵院(山上ヶ岳)★★★★
中華料理 彰武(洞川温泉)★★★
戸井酒店(八尾)★★★★

村営洞川温泉センター¥600 11:00~20:00 水曜休

コメント

このブログの人気の投稿

トゥエンティクロス終了のお知らせ

ルート:上野道取付 - 展望広場 - 掬星台 - 摩耶ビューテラス702 - 桜谷道 - 徳川道 - トゥエンティクロス - 新神戸 コースタイム:4h 55min(休憩時間を含む) 掬星台:692m 距離:?km 累積標高:?m 天候:雨一時豪雨 気温:? 湿度:? 目的:水遊び 単独行 「20+エライ事になっとうで」 シンちゃんからそう聞いたからには、そこに行かないわけにはいかなくなった。 何でも二十渉は、ここ連日のゲリラ豪雨により底なし沼と化しているそうだ。そして、そこで、クツを脱ぎ、膝まで砂に浸かり、腰まで沈み込んだところでようやく諦めて引返したという。 ナントカっていう動画(酔っ払っていたから何回も聞いたけど忘れた)で、底なし沼からの脱出方法を観ていたから大丈夫やったけど、知らんかったらホンマにヤバかった。先ず片脚を抜いて腹這に横たわり、腕を広げて沈み込まないようにしてもう片方の脚を引き抜くねん、なんて嬉々として語る。 それならボクはその先まで行ったろう、とその先までますます行かないわけにはいかなくなったのだった。 甲山へ走るというみんなとは別に二十渉を目指した。 始めは長峰から桜谷を抜け徳川から二十渉へ向おうと思っていたのだが、昨夜の2時過ぎまでの酒によるダルさと朝から降りそぼる雨に嫌気がさし、12時過ぎのスタートの上野道上りとなった。 「上りの報告と下山の報告は、ちゃんとしてや」の約束を守り、FBに入山届を上げた。 展望広場では早々に朝食兼昼飯となるガーリックトマトパスタを食す。 降り濡つ雨を避け、掬星台の702でビールを傾けながらFBに応える。そんな束の間の休息のうちに、雨脚は一際激しくなっていた。カウンターからソファーへ移り、ホットドッグにドリンクバーを追加した。そしてドッシリと腰を据え、宇宙兄弟を紐解いた。 もう帰ったろかなってのが正直本心だった。しかし、雨も小降りになった事だし、宇宙兄弟もアニメに忠実(アニメが漫画に忠実の間違い)でオモロかった事やし、気を取り直して、濡れそぼつ気にもなったわけだ。 雨の桜谷は、晴れの日よりもむしろ好ましかった。木に降り注ぐ雨が枝を伝い集まり、洞よりほとばしる様を眺めたり、路行くひとの歩みにより削り磨かれた窪みを、あたかもそこが滑床であるかのよう...

紀ノ川水系下多古川 本谷遡行 一日目 2020年6月6日

六月も初めだというのに全国各地で真夏日をたたき出す猛暑が続くなか、これはもう沢だな、と沢装備を整え出社する。 沢足袋のフェルトを張替えていなかったなと、石井スポーツで草鞋を買って大峰を目指した。 「関西起点 沢登りルート100」が見当たらないのでネットで適当に遡行図を探すが途中までのものしか見つからない。 初心者向けの容易な沢で登山道も沢筋に付いているみたいなことが書かれているから、オンサイトで大丈夫だろうとろくに情報も集めずに旅だった。 これがまたえらい苦労する羽目になろうなどとは何も知らずに。 沢沿いに今なお残る集落を抜け川をまたぐと一軒の建物が目についた。 確か川を渡ってすぐぐらいのところが取付きだったよな、うろ覚えの遡行図を思いだし、簡易浄水場の横から続く踏み跡をなぞって入渓した。 朽ち果てた取水口を越えるとすぐ、滝に出会った。 沢足袋に履き替え、草鞋を結ぶ。妙に鼻緒が短くて履きにくい。 念のためi-padで遡行図を確認する。6mの斜瀑(F1)とある。確かに6mくらいの高さだが、斜瀑というかふつうに滝だ。 直登できなくはないが、シャワークライムを強いられる。 思ったよりも気温が低いし日差しもない。入渓したばかりで体も温まっていないのに滝に打たれるのはいややなと、右岸の草付きを捲く。これが見た目以上に悪い。岩の上にうっすらと土がのり、頼りなげに草が生えている程度だった。 手掛かりになる樹根はおろか、幼木ですらほとんど手の届く範囲にはない。 それでも登れそうなポイントを探し、左へ左へとトラバースしていく。しかし、楽に登れそうなところは見つからず、心が折れた。 しかたがない。直登しようと緩んだ草鞋を結びなおした。 途端に鼻緒が切れた。ブチッとした手触りと共に、ボクの張りつめた気持ちも切れた瞬間だった。 取水口より手前まで戻り、今度は左岸を高捲く。獣道やもしれぬかすかな踏み跡をみつけ、たどる。 F1を越えて再び沢へ下りたいのだが、どれだけ探しても下りられそうなルートがない。捨て縄でも張れば別だが、戻ってこないので回収もできない。 下りられないのなら上を目指すしかない。どこかに登山道がついているかもしれないし、いっそ...

山カフェ、メニュー追加しました 2019年10月02日

Leica M8 Voigtländer NOKTON classic 40mm F1.4 MC ビアレッティのブリッカを購入しました。 最初、極細挽きに挽いたマンデリンで淹れたのですが、いまいちでした。 粉っぽいし。 エスプレッソ用の豆を細挽きで淹れるといい感じ。 Leica M8 Voigtländer NOKTON classic 40mm F1.4 MC Leica M8 Voigtländer NOKTON classic 40mm F1.4 MC 日程:2019/10/02(日帰り) ルート:十善寺1309 - 一王山山頂1315 - 十善寺1401 コースタイム:0h 52min(休憩時間を含む) 地形図:神戸首部 距離:?km 累積標高:?m 天候:曇り 気温:?℃ 湿度:? 目的:山カフェ 単独行 高田屋旭店(水道筋)★★★★ チンタ(水道筋)★★★★