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谷川岳前夜

谷川岳前夜。
電車を乗り継ぎ、出合駅泊。

高崎で登利平の鳥めし松弁当(¥820)と谷川岳の名を冠した酒(¥398)を買い求め、水上へと向う電車の中で食した。

東京在住の会員より、駅のホームにテント村出来ますよ。トイレが一番暖かいんですけどね。えへへ。みたいなメールを貰っていたのだが、天気予報が伝える天候の悪さ故か、絶妙に微妙な日程故か、土合のホームに降り立ったのはボク独りだった。56人は余裕で寝られる待合室をボク一人占めだった。

ボクひとりしか降りなかった土合の駅舎で、タダひとつだけ取り残されたマガジン44号を捲りながら、ウィスキーを傾ける。

何処からか話し声が聞こえてきた。階段を誰か降りてきたのかな、って思う。そしていつの間にか、その声が途切れていた。途中の踊場かなんかで泊まるのだろう、と思い「日本一のモグラ駅」たる、その改札を抜ける迄に計481m、486段を登らなければならない試練の階段を覗きに行った。
そこには誰の姿もない。しかしいつの間にやら、ホームにスナック菓子の詰まった袋や、脱ぎ捨てられたジャンバーが置かれていたのだ。

世界一の遭難者を誇る谷川岳だから、奇妙な事も起きるのかもしれない。でもリアルにスナック菓子まであるのは行き過ぎな演出とでも云うべきで、恐怖感などまるで沸いて来やしなかった。

終電がホームへ滑りこんでくる。そのヘッドライトの先には、ジーンズに薄手の上着をまとった二人の青年の姿があった。

なんだ、ちゃんと下山した人がいるんじゃないか、と取り敢えずは安心する。そしてその終電からも、下車する人が居なかった事で、今日のテン泊はボクひとりボッチなんだな、って改めて認識した、午後九時少し前の出来事だった。

終電が去って程なくした頃、再び階段より声が響いてきた。先程は男二人の声だったが、今度は男と女の声だった。
終電を逃したのなら、泊りになるのだろう。
誰も居てないひとり泊は嫌だなって思って居たくせに、ひとり泊だなって諦めた瞬間から、そこに誰か知らない誰かが加わる事に嫌悪感を覚えるボクがいた。

来て欲しくないなって想いが募る。それを見透かすかの様に声は途絶えた。
覗きに行った階段には、誰の姿もなかった。

寺町のすぐ横で育ったボクは、そんな奇妙な出来事にも慣れっこだった。殆どは思い過ごし。思い過ごしでなくとも、問題はない。例えば、墓石の横に野球帽を被った少年の生首が在ったとしても、なんらボクに実害など及ぼしてこなかったのだから。

そこに問題はない。いつも通りに問題はない。

そう思いつつも、酒のピッチは進む。ページを捲る手は止まった。もはや何処からも声は聞こえてこなかった。

そして何処からともなく響く水を汲み上げる様な音を聞きながら、いつの間にか眠りに落ちていた。

呑み:上越線電車内 - 土合駅

遭遇:色々な声

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