巻機山米子沢遡行 - 前篇 - 「ねえ、覚えてる? 私が、スバルにお願いしたこと」 「私はスバルに、米子沢からの巻機山登山はしないでってお願いしたの」 「遭難したら、これ以上、お金を酷使したらお財布がどうなっちゃうかわからないから、米子沢から登らないでってお願いしたの」 出だしの自己責任看板の文言を思い返していた。 そのお願いを読んでいたはずだった。その警告を受け容れていたはずだった。 それでもそのお願い事を蔑ろにしたのは、無事下山すればいいと思っていたからだ。 それだけの経験を積んでいるはずだった。それだけの知識を得てきたはずだった。 それなのに沢底を這いつくばり、掻きわけた笹に足を滑らせ、無数の傷を創り上げて無様に横たわる今のボクはなんなんだ。 「言うことを聞かなかったのは、悪かったと、思ってる。ホントだ。本当に反省してる。けど! でも、違う。違うんだよ。俺は、天国へ続く滑床を歩きたくて、藪こぎなしで詰めれるって情報を信じて……」 鞍部に横たわる滑床。そこから広がる草原。その先には涼しげな稜線が横たわっている。 ネットで見た詰めの風景。 でもボクの行く手には、笹藪に覆われた沢。いつまで続くか分からない深い藪。 その先は見通すことができない。 ひとつ大きな分岐があった。 広く開けた滑らかな右俣。クラックを激しく水が流れ落ちる左俣。 楽しげに見えた左俣を登った。左俣の方が簡単だったからってのもある。 やがて沢は狭まり、右岸を捲いた。笹が折り倒されているのを見て、ここがルートだろうと思ったし、増水で押し倒されたのかもと思い直したりもした。 再び広い滑床に出る。 鞍部に横たわる岩肌。やや低くなった右岸側を流れる沢筋。その先にはどこまでも続く滑床が広がっていた。 あーもう、K・M・F!(コメゴサワたん・マジ・フェアリー) 思わずそう叫び出したい気分だった。 スバルって誰だ? それなのに今ボクは、水の無い沢底で藻掻いていた。 沢を詰めると辺り一面笹の茂みに覆われていた。 それで少しでもマシな沢筋を辿った。沢の上には獣道程の空間が空いている。そこを獣の様に這いつくばって進む。 わずか50cmの滝が越えられない。滝口から伸びる枝が行く手を遮っていたからだ。 隣の支沢に移ろうと